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ラケットシステム6

Bちゃんの物語第四章。

カウンセリングで彼氏とのことを話しているうちに、突然、Bさんの心に、幼かった日々の記憶がよみがえってきました。

ある日、お洋服を買ってもらえると知ったBちゃんは、妹が着ているのと同じような真っ白でレースがひらひらしているドレスが欲しい、とおねだりをしました。
お母さんは、しかめっ面をして、「幼稚園にそんな服は着ていけないでしょ。もっとお姉ちゃんらしい服にしなさい」と言いました。
その時、Bちゃんは思いました。「私は、妹みたいに小さくて可愛くはなれないんだ」「だから、私は誰にも愛してもらえない」。

また別のある日の記憶は・・・無邪気に親戚の集まりの中で歌を歌っている妹。みんなが笑顔で「可愛いねえ」と言っている。(私も歌いたいけれど、お姉ちゃんなんだからもっとお利口にしていないとダメなんだ、それに、どうせ、私が歌っても、妹みたいには可愛くはないから、可愛いねって言ってもらえることはないんだ)と、諦めている自分。

Bさんは、そこで、「あっ」と気づきました。
「そうか。私は、ずっと、妹みたいに小さくて可愛らしくなりたいと思っていたけれど、それは自分には無理なことだと諦めていたんだ。無邪気に気持ちを表すことも、妹の特権だと諦めていたんだ。そして今も、彼氏に無邪気に甘えたいのに、甘えることを自分で諦めているんだ。そして、妹みたいに自分より若くて可愛らしい人、無邪気な人に、全部愛情を持っていかれることを恐れているんだ…」
そして、幼いころ母に対したのと同じように、彼氏に対しても、本物の感情の「恐れ」の代わりに「癇癪」というラケット感情を表出しているのだということにも気づきました。

(私は、取るに足らない存在だ。それは、私が妹みたいに小さくて可愛らしくはないからだ)
(他者は、小さくて可愛らしくない私のことを、愛してはくれない)
(人生は孤独・・・)

幼い頃から何度も復唱してきた脚本の信条を、今も繰り返している。
けれど、その脚本の信条のルーツを探れば、多くの論理の飛躍がある。
小さくて可愛らしくないと、本当に愛されないの?
取るに足らない存在だというのは、真実なの?

この後、Bさんは、忘れていた記憶のかけらを拾い集めていくのでした。
ボタンを一人で留めることが出来た日、「すごいねえ!」と満面の笑みで抱きしめてくれたお母さんの記憶。
「おまえは妹とは違う性格なのだから、おまえらしくいればいいんだよ」と言ってくれたお父さんの記憶。
「強がっていないで、もっと普通にしていていいんだよ」と包み込んでくれる優しい彼氏。

Bさんは、これまで頑なに信じてきた脚本の信条を書き換える決心をしました。
「私は、私として価値がある」
「他者は、ありのままの私を愛してくれる」
「人生は、温かい」
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[ 2018/03/15 17:37 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

坂田カウンセリングオフィス(坂田和代)

Author:坂田カウンセリングオフィス(坂田和代)
東京・大阪でのメンタルクリニック・専門学校相談室・NPOカウンセリングルームのカウンセラーを経て、2016年4月兵庫県姫路市で「坂田カウンセリングオフィス」を開業しました。文明の利器にはめっぽう弱いというセルフイメージに打克つべくブログを始めました。よろしくお願いします。



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