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ディスカウント18

親の意図を汲み取り自分の中に組み入れる・・・
こんなことが出来る子どもって、なんて能力が高いのでしょう!!

自分をディスカウント(値引き)しているときは、「I am Not-OK(私はOKでない)」の人生態度に居るときです。
また、おそらく、ラケット感情禁止令ドライバーなどに苦しんでいることでしょう。
そして、そのことで更に、自分を責め、ディスカウント(値引き)していることでしょう。

でも、原点に帰って考えてみてください。
幼いあなたが、親の愛を失わずに生き抜くために、親の意図を自分の中に組み入れて自分を作ってきたことは、その中に現在のあなたを苦しめるラケット感情や禁止令・ドライバーが含まれるにしても、なんとも凄いことをやってのけてきた、と言えるのです。

あなたは、なんて賢く、適応力に富み、生き抜く力を持っている、「OK」な人なのでしょう!!

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[ 2017/10/27 08:25 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)
こんにちは
適応力に富んでいてオッケーなヒトが幸せなんでしょうか

無理をしているって感じて辛い時があります

背伸びして本来の自分を隠しています
[ 2017/10/31 17:06 ] [ 編集 ]
Re: こんにちは
> 適応力に富んでいてオッケーなヒトが幸せなんでしょうか
>
> 無理をしているって感じて辛い時があります
>
> 背伸びして本来の自分を隠しています

haru様

こんにちは。
コメントありがとうございます。

文面から、「適応」というより、「過剰適応」されていて、しんどいのではないかと、お察ししました。
「適応」は、自分・他者・状況をディスカウントせずに見て、問題解決をしたり、生きやすくしたりすることですが、「過剰適応」は、自分・他者・状況をディスカウントして、問題解決から遠ざかったり、生きづらくしたりするものです。

小さい子どもが親の顔色を窺うことは、生き抜くために、ある程度、必要なものと言えるでしょう。もし、全く親の言うことをきかず自由にふるまっていたら、生存すること自体が危ぶまれたかもしれません。もっとも、今となっては想像しか出来ないので、もしかしたら、子どもの頃から、親の言うことをきくことが取り越し苦労、過剰適応だったかもしれませんが。
いずれにしても、今ちゃんと生きているということは、子どもの頃の適応力があったから、と言えます。
大人になると、小さい子どもの時ほど、親などの力は生きるために必要ではなくなります。肉体的にも精神的にも経済的にも、親などに依存せずとも生存していけるようになります。そこでもまだ、小さい子ども時代と同じように親(他者)の顔色を見てしまうのは、ディスカウントであり過剰適応であると言えるでしょう。大人になり自分の力中心で生きることが可能になった、状況の変化に気づき、ここでの「適応」をはかっていくことが大切になります。このとき、すでに自分の中には「適応力」が備わっているのだ、ということが、大きな勇気づけになります。
交流分析でいう「OK」というのは、「基本的に信じることが出来る」ということで、ディスカウント無しに自分や他者を見ていることでもあります。
「あるがままの自分を受容する」・・・カウンセリングでよく使われる言葉ですが、「今自然体で生きている自分は〇、過去の自分は✖」という気持ちだと、過去の自分は自分で否定していることになり、全体としての自分をあるがままに受容しているとは言えません。
カウンセリングで元気になられた方々から教えられること。「今の自分が生きていられるのは、過去の自分が居たから」と思えるようになると、より「あるがままに」幸せに生きられるようになるようです。
[ 2017/11/01 09:59 ] [ 編集 ]
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プロフィール

坂田カウンセリングオフィス(坂田和代)

Author:坂田カウンセリングオフィス(坂田和代)
東京・大阪でのメンタルクリニック・専門学校相談室・NPOカウンセリングルームのカウンセラーを経て、2016年4月兵庫県姫路市で「坂田カウンセリングオフィス」を開業しました。文明の利器にはめっぽう弱いというセルフイメージに打克つべくブログを始めました。よろしくお願いします。



ホームページはこちらです⇒http://sakatacounsel.web.fc2.com/          (右側「リンク」から入れます)

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